今振り返ると、20代・30代の時は、
とにかく不安な気持ちや欲望に駆られつつ、
それらに自分でも気付かないまま、
走らされていた気がします。
40代に入ってから、不惑の憂鬱、
世間では不惑と言う言葉があるにも関わらず、
中年の危機を真正面から受けて、
人生の意味を問う虚しさを少し、経験しました。
ようやく最近は、素直に自分の内面を覗けるようになり、
その繊細な中身を大事に育てながらも、
日々の仕事の微妙な動きの中に少しずつ活かし、
自分なりの表現を日常にちりばめて、
ごくごく小さな充実感を得られるようになりました。
人は、生まれた瞬間から自分の外側の世界に巻き込まれ、
知らず知らずのうちに、
他人の音楽で踊らされていくようです。
『踊り踊りてあの世まで』行ければ本当に幸せなのですが、
多くの人が、人生の折り返し地点でその不自然さに気付き、
心は、サナギのように固く停滞します。
他人からは決して見えない、
そのサナギの内側で起こる心の発酵が、
突然、臨界点を超えて、物質化し蝶に変わっていくように、
永遠に続くと思われる心の危機は、
いつしか人生の円熟期を自由に飛ぶための羽を創って行きます。
蝶にカエルその時、
自分だけに聴こえてくる微かなメロディを逃さず、
人生の後半を、自分だけの音に包まれて、
自由に空を舞うように生きていくことが出来るとしたら、
歳を取るのも楽しみになるかも知れません。
今日でちょうど100回目のブログとなりました。
今後ともよろしくお願いいたします。
Taichi