最近常々思うのですが、人の心の機能も結局、パソコンなどの機械的な機能と大きく変わらない面があり、
意識してその点を理解しないと益々、不幸になっていくような気がしています。
例えば「死にたい」と言う友人がいたとして、その人にどんな声をかけるか、と言う問題を考えた時、私が一番納得した答えは、
『人間の心は基本的に、「生きる」方向でプログラミングされているから、「死にたい」と言う人はパソコンがフリーズしている状態。』
『だから、そこで何を言っても、正しく理解はされないので、とにかく話を聞いてあげるのが正解。』
と言うものです。
冷静に考えればフリーズしたパソコンを捨てる人は居ないわけですから、どんな人も正しく再起動してあげられれば、
必ず生きる希望を見出せるものと思います。
ただ、人間には「死ぬ時期だけはあらかじめ決まっている」という運命論みたいな考え方も確かにあり、
周りがどんなに不思議がっても、幸せの絶頂にいたと思われる人が急に自死を選ぶこともありますから、
そのような例は人知の及ぶ範囲外として諦めるしかありません。
話が少し逸れましたが、結論から言うと、人間に一番必要なのは「メタ認知能力」であり、
自分の考えていること思っていることを、3メートルくらい上空から眺める能力だという気がします。
よく、人生の映画を観客席で眺めている自分自身もまた、スクリーンに映っていることを意識する、
などど表現されますが、
自分をあらゆる次元から眺められる能力というのは、意識して鍛えないと身につかないものと考えています。
悲劇でも泣きながら楽しんで観られるのは、映画だからであり、
人生は映画とは違うんだとおっしゃる方々が居たとすれば、確かにそのとおりであり、
人生は、「ままならない」ものだと私も思いますが、
それでも、時に何かに死ぬほど没入するのと同時に、
何重にも自分を客観的に眺められる人というのは、
魅力的でもあり、本当に強い人だと思います。
Taichi